100年ものがたり

写真・年表に見る京都ホテル100年の歩み

1911(明治44)年―1920(大正9)年


1911
(明治44)年

● 1月 1日 アルゼンチン共和国本邦名誉領事ハーバセッパースト氏、来館
● 2月20日 世界的飛行大家フランスのラクト氏、来館
● 4月 9日 アメリカ大観光団(300人)京都を訪れ、京都・都ホテルの両ホテルに分宿
●11月 与謝野鉄幹の洋行送別会、京都ホテルで開かれる

■この年、京都駅の乗降外国人は約1万5,000名。前年に対して5,800名の増加

 

<1911-1920>

■世相

明治の閉幕は、乃木大将殉死という衝撃的な事件によって最後を飾られた。続いて訪れた大正時代には、どこか着流しの自由さが。

大戦景気で好況ながらも、海の向こうでは中国大陸の動乱があり、シベリア革命の勃発あり。古き良き大将デモクラシーの時代は、やがて、大戦後の不況と米騒動の中に消えてゆく。



■流行語

・ミルクホール
・ニコポン(桂太郎首相のあだ名)
・新しい女
・カチューシャの歌
・ノンキ節
・デモクラシー
・ペラゴロ
・ナッチョラン
・憂うつ
・オーライ


1912
(大正 1)年

● 1月 アメリカ及びドイツ人観光団600名入洛。京都ホテルには130名来館。欧米観光団も60名が来館する
● 3月18日 マダム貞奴、来館
● 4月 京の観光、外国人客で大混雑
● 7月30日 明治天皇崩御
● 9月30日 アメリカ全権大使ブライアン氏、来館
●11月19日 桃山御陵参拝のため京都ホテルに滞在中の島津公爵を久邇宮妃殿下、ホテルに訪問
● 12月 3日 伏見宮博恭王殿下、京都ホテルで朝餐後、桃山御陵に参拝

■外国人の京都ブームのピーク

■明治天皇霊柩、桃山御陵に埋葬。御陵の参拝客が大挙入洛


1913
(大正 2)年

● 1月 5日 アメリカの世界一周大観光団378名が京都・都ホテルに分宿
● 5月16日 京都ホテル内の京都商工会議所仮事務所で役員会を開催
● 8月 1日 李王世子殿下、来館
●12月24日 京都在住の外国人70名を招待し、クリスマスパーティーを開く
●12月31日 メキシコ特派大使デ・ラ・バラ氏、来館

1914
(大正 3)年

● 8 月 第一次世界大戦勃発のため仏・英・独人ら次々と帰国。(外国人観光客急速に減少)
●12月10日 イギリス青島攻撃軍司令官バーナージョン少将、夫人とともに来館

1915
(大正 4)年

● 2月 5日 シャム皇帝殿下、来館
● 4月 春のシーズンにもかかわらず外国人観光客は減少(数年来の最低記録)。都ホテル、株式会社となる。(社長・片岡直温)
● 8月 大正天皇即位大礼に参列する15ヶ国の特派大使の宿舎に指定され、館内の模様替え
●11月 8日 大正天皇即位大礼に際し、国賓使節の宿舎として、全館宮内省借り上げとなる。備品等新調し参列使節を迎える

■この折りの改装費は、数千円に及ぶという


1916
(大正 5)年

● 1月 3日 李王世子殿下、来館
● 4月 第1次世界大戦の影響続くが、外国人宿泊客増加のきざし(アメリカ人観光団を中心に)
●12月22日 ロシア大使クルベンスキー夫妻、来館

■この頃、京都ホテルでは自動車による送迎を開始


1917
(大正 6)年

● 2 月 4日 インドの聖詩タゴール、来館
● 4月27日 汪特使、日支交通連絡祝賀会に出席のため、来館
● 4月 アメリカ、第一次世界大戦に参戦。京都の外国人観光に打撃。

■この頃から、日本人の宿泊・宴会などの誘致、盛んになる

1919
(大正 8)年

●12 月 8日 京都ホテル社主・井上喜太郎死去(67歳)

第一次世界大戦の終結により、京都の外国人観光客回復にむかう


1920
(大正 9)年

● 4月17日 イギリス国会議長サー・ジョン・サントルス氏、夫人らとともに来館

■この年の入洛外国人客、8,292名(数年来の最高記録)


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