100年ものがたり

第五部 昭和戦後編

65.増改築競争

昭和39年に、東京でオリンピックが開催されることになりました。当然、日本を訪れた観光客は、そのほとんどが京都に来てくれることでしょう。各ホテルは一斉に増改築に踏み切りました。

 

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改修前の京都ホテル
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本館改修時(昭和39年)
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北館増築完成の頃の京都ホテル
(昭和44年)

「京都ホテル」はまず昭和36年3月玄関のポーチを撤去して、本館の南側の空き地に地下1階・地上9階・塔屋2階の南館を新築しました。これで部屋数は215室になりました。そのほか和食堂・カフェテラス・ラウンジ・ギフトショップなどの拡充が行われ、ホテルの機能はより広がりました。

さらに昭和39年、オリンピックの年に本館の増改築も完成して、客室は総数252室・収容客数は470名となりました。宴会場は7、食堂は5で、名実ともに京都を代表するホテルとして、新たなスタートを切ったのでした。

 

「京都ホテル」のそのスタートを物語るものに新聞広告があります。増改築の完成を機に京都新聞に次々と広告が出るようになりました。紙面をたどってみますと、その回数もスペースも年ごとに増えていったことがわかります。

 

たとえば昭和36年3月の広告は新しくなった南館の全景をあしらってはありますが、まだ文字広告に近く地味な扱いのものです。
広告主は「京都ホテル」の美容室と貸衣装室でした。「京都ホテル」が結婚式に力を入れていたことがわかります。

7月になりますと、大きく派手な広告があらわれます。地下名店街の出店14店、それに京銘菓・京名物のお店12店の連名で、3段通しの広告です。そのキャッチフレーズは「自動車でのお買い物に便利です」となっています。
今回の増改築で、玄関が本館と南館との間になりましたため、自動車で来られるお客様は、車に乗ったまま建物の中に吸い込まれていくことになります。外から見ていますと駐車場などどこにもなさそうですが、構内に広い駐車場が用意してありますので、”ご心配なくお車でおいでください”というわけです。

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昭和37年4月8日 京都新聞

その後も「京都ホテル美容室」の広告は頻繁に掲載が続きますが、昭和37年4月には 「Ky o t o H o t e l」が広告主となって、結婚式、宴会・集会、食事などのPRと、玄関わきに新たに設けられた「ケーキストア」を紹介しています。
そしてこのあたりから、「京都ホテル」の広告には、必ずといってよいほどウェディングドレスの花嫁さんのスケッチが入るようになりました。

 

昭和40年には、大胆なレイアウトの1ページ広告が掲載されました。紙面の上半分は大きな日の丸の旗で埋められていて、下段に「みごとなハーモニー」とのキャプションがついています。「京都ホテル」で結婚式をあげますと、これこれのお店の人たちが真心をもってお世話いたしますという趣旨でしょう。 下鴨神社から始まって、大丸、清酒月桂冠から、貸衣装、美容室、写真室まで、いずれも京都では名の知れたお店が参加されています。これらのお店の調和、 ハーモニーこそが「京都ホテル」の持ち味です・・と訴えた広告でした。

 

京都ではその後もホテルの増改築競争や新設ラッシュが続きました。
次は昭和45年に大阪で開かれた万国博覧会がきっかけになりました。
「京都ホテル」の場合は、昭和44年北館の増改築を完成させ、客室総数は517室収容人数は1000名という大型ホテルへと飛躍しています。


ホテルの数が増えますと、新聞社ではホテルの連合広告を企画するようになります。
たとえば夏のホテルの年中行事になっていた屋上ビアホールなどは、ホテルごとに広告するよりも、ホテルがいくつか集まって連合広告の形をとる方が効果が大きいからです。

京都新聞には、女性サロンという企画行事があり「京都ホテル」のシェフがお勧めするメニューを賞味する会などがしばしば開かれていました。昭和51年、12のホテルに呼びかけて、毎月1つずつ1年がかりで”京都の高級ホテルの名物料理を食べてまわろう”という「ホテルメニュー食べあるき会」が開かれました。それぞれのシェフが自慢するメニューを披露すると同時に料理のコツなども手ほどきする、というものです。

さらに昭和57年の、”コンピューターによる結婚式場選びの範囲が京阪神から東京にまで広がりました”というPRのホテル連合広告では、大小23のホテルが参加しています。



昭和58年、京都のビジネス街の真ん中、烏丸四条に「からすま京都ホテル」が新たに誕生しました。
これに刺激されてか、2度目のホテルラッシュが訪れることになります。特に京都駅前には北口・南口をあわせて6つの大型ホテルが立ち並びました。
その中で「京都ステーションホテル」は、同系の「センチュリーホテル」に席をゆずってカルチャーセンタービルに衣替えをしました。長く親しまれてきたホテルの名が消えていくのはさみしいことですが、ホテル業界の生存競争の激しさを物語るといえましょう。ホテルはさらに大衆化路線を押し進め、ビジネスの場としての機能をも兼ねながら、これからさらに発展を続けることになりましょう。


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