100年ものがたり

第四部 昭和前期編

51.「志賀高原温泉ホテル」

昭和11年、鉄道省国際観光局から、長野県志賀高原にリゾートホテルを新設するので、経営を委任したいとの打診があり、「京都ホテル」はこれを引き受けました。外国人観光客の誘致のためには、ホテルの増設が必要であるとして、国際観光局が、当時、県や市町村などに低利の融資を斡旋して、ホテルを建設させるという政策をとっていました。

昭和8年の「長良川ホテル」、同9年の「琵琶湖ホテル」、10年には「雲仙観光ホテル」、昭和12年の「叡山ホテル」などがその代表です。「叡山ホテル」は京都電灯が建設をして「都ホテル」が経営しています。

「志賀高原温泉ホテル」は、通称、志賀高原丸池、長野県下高井郡平穏村の丸池池畔を選んで、夏の避暑、冬のスキーなど、リゾートホテルとして建てられました。大変交通不便なところでしたが、県が道路を取り付けるのも待ち切れずに、建築資材は馬や強力に頼って運び込みました。昭和12年1月、未完成のままスキー客を当て込んで開業しました。全館の完成は6月で、京都から15人の女子従業員が現地に派遣されました。

地下と1階は鉄筋コンクリートで、その上に木造2階建てを乗せた構造です。温泉など観光リゾートホテルとしての設備の他に、スキー置き場、修理室、乾燥室、2段式のスキーヤーベット(2人室、4人室、8人室)などがつくられました。

しかし夏のシーズンを迎えて満州事変が起こるなど、客の出足が悪く、12年と13年は大きな赤字を出しました。14年になってようやく利益があがるようになりました。
しかし、それもつかの間で、戦争が激しくなった20年5月、外務省によって全館借り上げとになり、一般営業を停止しました。

 


京都電灯

京都電灯株式会社。明治21年に設立された電灯会社。琵琶湖疎水を利用した水力電気を供給し、小口電灯の引き下げを実現して電灯の普及に貢献した。
大正7年、嵐山電気鉄道を合併して鉄道業も経営する。
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