

- 43.大ホテルへ
- 大正15年の4月2日、日出新聞の第1面に「株式組織の/大ホテルに/京都ホテルを」と言う記事が載りました。一段見出しの、あまり目立たない扱いですが、第3面には「八層二十尺の/京都ホテルの偉観/東洋第一の...
- 44.株式会社「京都ホテル」
- 大ホテルを目指して「京都ホテル」を改装するのにも、先立つものは資金でした。それにはこれまでの個人経営から脱皮して、株式会社に改め、資本の導入をはかる必要がありました。 たまたま井上武夫と親交のあった竹...
- 45.「ステーションホテル」
- 大正8年頃、京都市が京都駅前にホテル建設を計画している、と噂になったことがあります。東京駅には「ステーションホテル」がありますし、たまたま大阪市がホテルの直営を始めたときでもありましたので、京都でもと...
- 46.昭和の御大典
- 今上天皇のご即位式は昭和3年11月10日、京都御所の賢所において、盛大に行われることになりました。開国から特派される使節団の宿舎として、「京都ホテル」と「都ホテル」があてられ、両ホテルは8日から19日...
- 47.国際不況
- 昭和4年の前半は、御大礼式場跡拝観などで観光客の入洛が相次ぎました。第四期の利益金は2万372円と報告されています。ところが昭和4年の後半にはいって第5期の報告では、約5万円の減収が計上されています。...
- 48.満州事変
- 昭和6年9月、日本の関東軍は、みずから南満州鉄道を爆破して、中国侵略の口実としました。満州事変の勃発です。政府はしきりに不拡大方針を唱えますが、現地軍は次々に戦線を拡大して、既成事実を積み重ねます。四...
- 49.名士来訪
- 内外の宿泊客には、皇族を始め、知名の方々も多いのですが、昭和の前期を中心に、ちょっと変わり種をご紹介してみましょう。 大正15年の10月に、ブース大将がお泊まりです。大将と言っても救世軍という平和団体...
- 50.ロータリークラブ
- --> 「京都ホテル」とロータリークラブとのご縁も、ずいぶん長くなりました。京都にもロータリークラブを作ろうと、音頭取りをしたのはのちに「京都ホテル」の社長、そして「ステーションホテル」の社長に転じ...
- 51.「志賀高原温泉ホテル」
- 昭和11年、鉄道省国際観光局から、長野県志賀高原にリゾートホテルを新設するので、経営を委任したいとの打診があり、「京都ホテル」はこれを引き受けました。外国人観光客の誘致のためには、ホテルの増設が必要で...
- 52.照宮様お成り
- 昭和13年の1月、近衛内閣は「爾後、国民政府を相手にせず」との声明を発しました。4月には徐州作戦が始まり南京陥落、10月には武漢と広東を占領するなど、中国の主要都市を支配下におきましたが、国民政府は首...
- 53.メニューカード
- 昭和13年の記録を続けます。京都府庁文書の中から、「京都ホテル」で開かれた会合を探してみますと、宴会が前後9回ありました。中央から、大臣その他を 迎えての午餐会や、外国の使節の歓迎会などです。 その時...
- 54.ホテル受難時代
- 第15期(昭和13年)の営業報告書には、「ホテル業の受難時代に遭遇せり」と書かれています。営業概況を見てみましょう。 第十五期営業報告書第十五期(自昭和十三年一月一日、至同年十二月三十一...
- 55.第二次世界大戦
- 昭和14年9月、ドイツ軍のポーランド侵入で、イギリスはドイツに宣戦布告します。第二次世界大戦の幕開きです。16年には独ソが戦います。日本も12年8日、ハワイの真珠湾を奇襲しました。 戦争遂行の為に、国...


-