100年ものがたり

第二部 明治編

34.鉄幹の洋行送別会

明治の末年から外国人観光客が飛躍的に増加しましたが、日本からの海外渡航はどうであったでしょうか。
まだまだ洋行という言葉が使われた時代です。海外留学は、学者や官吏たちにとっても夢の一つでしたし、まして一般の人たちは、移民で渡航するのは別として、観光のために海外に出掛けるなどは、夢のまた夢でありました。

したがって洋行する時には、周囲から祝福をうけて、盛大な送別会をしてもらうことになります。

その様な壮行会を「京都ホテル」でおこなった証拠写真があります。余白に幾つものサインがみられますが、中に与謝野寛(鉄幹)、晶子夫妻のサインがあります。ほかに田中喜作、赤松智城、真下飛泉、伊藤只聴、上田敏、芽野粛々、矢沢孝子といった名前がみえます。いずれも明治末から大正にかけて文壇で活躍した人たちです。

明治44年、与謝野鉄幹は妻の晶子にすすめられて単身、フランスに渡りました。この記念写真の顔ぶれから、鉄幹の洋行を盛んにする送別の宴が「京都ホテル」で開かれたことがわすります。

鉄幹は、いうまでもなく、明治・大正に活躍した京都出身の歌人です。雑誌「明星」を主宰して、浪漫主義による短歌の革新運動を展開しました。
明治44年に渡仏して大正2年に帰国します。その間に晶子にも夫の後を追ってフランスに出かけましたが、一足さきに帰国しています。

この様な事情を秘めておりますので、この記念写真は、明治・大正の文壇をしのぶ貴重な資料ですが、わが「京都ホテル」の歴史を語る一コマとしても、貴重な写真です。

 


矢沢 孝子

真下飛泉は、京都師範卒、軍歌「戦友」の作詩で知られる。訳詩集「海潮音」で有名な上田敏は、当時京大教授。また、芽野蕭々は、同僚厨川白村と同じく三高の教壇に立っていた。いずれも、鉄幹、晶子の「明星」にゆかりの人々である。

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