100年ものがたり

第二部 明治編

22.「京都ホテル」の開業
前田家と三井銀行、そして「也阿弥楼」との間に示談が成立して、「常盤ホテル」は「也阿弥楼」の井上万吉・喜太郎兄弟が買収に成功しました。井上喜太郎は、「常盤ホテル」の一部を改修して「京都ホテル」と名を改め...
23.井上万吉・喜太郎
井上万吉と喜太郎の兄弟が「也阿弥楼」と「京都ホテル」と、京都の二大ホテルを独占して経営する結果になりました。もっとも明治28年に京都市が編纂した「京華要誌」では、旅館業名簿の筆頭に、西洋向旅館として「...
24.日清戦争
「京都ホテル」開業の前後は、内外の情勢はまことに慌ただしいものがありました。朝鮮半島の宗主権をめぐって対立していた日本と清国が、明治27年7月ついに戦端を開きました。 日清戦争です。陸軍は遼東半島を制...
25.弁天合資会社
明治31年3月に、京都の貿易商・刺繍業者・骨董品店・ガイドなど外国人相手の業者の一部が相寄り、「京都ホテル」「也阿弥楼」の出資を得て、弁天合資会社を設立しています。 当時、貿易商といわれた人たちは、舶...
26.「也阿弥ホテル」の火事
明治32年3月25日、「也阿弥ホテル」から火がでて、またたくまに、4棟の建物が焼け落ちました。急斜面を利用して、4階建て、3階建ての棟が並んでいる上、水の便も悪く、2階建ての1棟がわずかに残っただけで...
27.外資の攻勢
明治33年3月に神戸で外資系の「オリエンタルホテル」が、33年3月の臨時株主総会で、新株発行による増資で、京都に支店として新しいホテルを開設することを決めました。このホテルは、明治20年にフランス人に...
28.「都ホテル」の創立
明治33年4月に、蹴上の料亭「吉水園」が、「ボーイ数名入用に付望の方は至急御来談あるべし都ホテル」という新聞広告を出しました。6月に入ってようやく、「都ホテル」の開業予告が、新聞に載ります。開業は8月...
29.三ホテルの競争
「京都ホテル」のスタートは明治28年でしたが、「也阿弥ホテル」が火事を起こして休業を続けている間に、「都ホテル」が33年に開業しました。もたついた「也阿弥ホテル」も34年にようやく、営業再開にこぎつけ...
30.貴顕のご宿泊
3ホテルの中では、「京都ホテル」はなんといっても、先輩格でしたから、客筋がよいといえましょう。宮様方がよくご利用になりましたし、外国の皇族方もしばしばお迎えしました。   このほかでは、イギ...
31.日露戦争
明治36年に入りますと、朝鮮半島の利害をめぐって、ロシアとの間に緊張が高まります。その4月、京都岡崎の無鄰庵で、山県有朋、伊藤博文、桂太郎、小林寿太郎らが会合し、満韓問題の解決には武力行使も辞せずと...
32.「也阿弥」再度の火災
明治39年4月、「也阿弥ホテル」が再び火事を出してしまいました。再築して5年そこそこの新築3棟を全焼して、円山名物の一つであった五層楼の円山温泉など、ホテル周辺にあった施設も焼つくしています。 高台...
33.世界一周観光団
明治43年は、正月早々、アメリカの世界一周大観光団を迎え入れて、幸先のよいスタートでした。 2日は先発組の330名、翌3日も後発組の330名が、それぞれ神戸から入洛して、「京都ホテル」と「都ホテル」...
34.鉄幹の洋行送別会
明治の末年から外国人観光客が飛躍的に増加しましたが、日本からの海外渡航はどうであったでしょうか。 まだまだ洋行という言葉が使われた時代です。海外留学は、学者や官吏たちにとっても夢の一つでしたし、まして...

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