100年ものがたり

第一部 前史編

18.伊藤博文の手紙

伊藤博文と前田又吉との出会いが、どのようなものであったか、知る手掛かりはありません。博文が初代の兵庫県知事として赴任したころは又吉はすでに「常盤花壇」を経営して、名士の仲間入りをしていたことでしょう。

博文が、若い頃から酒と女を愛していたことは有名です。神戸の人たちの間でも、博文の浮き名がいくつも語りつがれています。あるいは博文は、「常盤花壇」にも足しげく通って、大きな借金をつくっていたかもしれません。

前田家には、伊藤博文と、その養子の勇吉からの手紙が1通ずつ家宝として保存されています。まず博文のものから見てゆきましょう。封筒の消印から、明治15年1月22日、小田原から神戸の宇治川「常盤」へ宛てております。博文が又吉に依頼して、諏訪山に別荘を建てつつあったようで、2000円を送金した書留便です。伊藤・前田の両家は、家族ぐるみでの交際をしていたようです。



伊藤博文から前田又吉に宛てた手紙

勇吉帰東の節ハ、遠路ご同伴被下多謝此事候。敬家え滞留中は寂寥之境為何風情も無く、其上斬時之間□□極不興汗顔至候。

是説は帰西前相願置候通、諏訪山に小屋築造候儀、万端御依頼□□迅速□に□ご高配是謝。金弐千円三井銀行為換手形封入置候落手可被下候。内千円は藤田鹿太郎に御渡し可被可候。残千円にては勿論建築費不足と存じ候□□僅少の金額に可有之候故、清算為御知せ被下候節可及完済候。

御帰路如何に候や。寒気の時節、別□先□候。家内一同大いに案じ申居□外□欣□□候。

一月二十二日

博文

前田又吉殿



伊藤勇吉からの手紙も、諏訪山の別荘に関するもので、同じ年の7月の発信です。なお勇吉は、伊藤博文の同郷の親友であった井上馨の甥にあたり、博文の養子になりました。

 

伊藤勇吉から前田又吉に宛てた手紙

拝啓 爾来御無音に打ち過ぎ何とも申し訳なき次第、幾重にも御寛恕之程奉願上候
扨先般久原氏上京之節□□神々諏訪山別荘是まで藤田鹿太郎氏所有主の積にて市役所に届け置□□処今般拙者の名前に記き替へ致サレ候トカ。就テハ右記替は如何なる手続きにて致サレシヤ全体右記替之節は譲リ渡シ人並譲リ受人立合之上ニ非サレバ行ナフ事能ハザル規定ニ有之候相考ヘ候ニ付、右鹿太郎氏へ御問合之上委細御報知被下度奉願上候。

尚又諏訪山別荘家屋税地税は迄是凡テ貴君ニ於テ御立替相成居候事ト存候間右御替相成シ金額御報被下度且又右金額ニ対スル書類一切御送付被下度奉願上候但シ極年一月迄ノ分は愚父下神之節支払済ニ相成居候トノ事ニ付為念申進候先は右御依頼迄。匆々 不尽

二十八日

宮内省外事課ニテ

伊藤勇吉

前田又吉殿

追テ御返書は宮内省外事課宛にて御差出被下度候
御一同へ宜敷

 


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