100年ものがたり

第一部 前史編

2.京のホテル「中村屋」

京都に外国人のための専門の宿泊施設が出来たのは、祇園の「中村屋」が最初です。もともと、祇園八坂神社の大鳥居の前には、参道をはさんで東と西に腰掛け茶屋があったところから二軒茶屋と呼ばれました。西の店は早くすたれましたが、東の「中村屋」は豆腐田楽や菜飯を名物にしていました。いうまでもなく、現在の「中村楼」です。

もともと、純和風の料理屋さんですが、ご主人が積極的な方であったようで、西洋料理の修業もされたとみえます。兵庫の開港で、京都にも外国人が入ってくることを見越してのことでしょうか、明治元年に2階建ての新館をつくって、ペンキ塗りながら、洋間8室を設けています。
しかし、あてがはずれて、京都で泊まる外国人は大変少なかったようです。京都は幕末風雲の時には、尊王攘夷の嵐が 吹き荒れていました。市中にはなお、志士くずれがのこっているところから、京都に外国人が入って、万が一にも危害を加える輩が出てこないともかぎりません。

そこで、新政府は、明治3年、在留外国人遊歩規定を公布して、開港地や居留地から10里の外に外国人が立ち入ることを禁止しました。どうしても必要のある時は、各居留地の運上所長から許可証をもらって京都に入り、「中村屋」で宿泊することはできました。しかし、そんな厄介なことを避けて、多くは、日帰りで神戸や大阪に戻ってしまうのでした。せっかくの「中村屋」の思惑も、空振りということのようでした。

 


尊王攘夷の嵐
明治2年横井小楠(開国論者)、大村益次郎(兵制改革論者)があいついで反対派のテロに倒れた。また、世情不安の続く京都市中の治安をはかるため、明治元 年府兵組織の”平安隊”(京都府警の前身)が創設される。
京都ホテル(長州藩邸跡)北側に大村および佐久間象山の避難碑がある。


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